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フォトエッセイ「大平街道を自転車で行く」

フォトエッセイ「大平街道を自転車で行く」

お送りするレポーターは、飯田と遠山郷の 大ファン・白鳥和也(自転車文学研究室)です。

三 南木曽から大平峠を越える

2005年の8月初旬に、初めて飯田峠と大平宿を訪れたことで、
走り残した、大平峠と、大平宿から木曾にかけての街道のことが
前にもまして気になるようになった。
どうもそのままでは収まりがつかず、
九月下旬の連休に、今度は木曾側から上ってみることにした。

前日に中央線の中津川駅まで輪行で来て、迷いつつ中山道の旧道を
少しトレースし、その日は馬籠の宿で泊った。
翌日、馬籠峠を越えて妻籠に至る。連休のこととあって、
なかなかの賑わいだ。そうもゆっくりしていられないと思いつつも、
妻籠を出るときはもう昼だった

温泉ホテルのあたりで昼食をとり、その後は国道256号ではなくて、
旧道の大平街道に入るはずだったが、どうも入り口を勘違いしたために
交通量がそこそこあって、路肩もさして広くない
国道を上る羽目になった。旧道に入るチャンスもあったのだが、
上り返しがありそうで躊躇したりして、結局そのまま
大平峠への本格的な登坂が始まるところまで来てしまう。

いささか悔しいが、本日走り直すまでの時間はない。
雲行きも怪しく、これは上で少し降られることを覚悟するが、
雷だけはごめんなので、くわばらくわばらと思いつつ、上り始める。
人家は上り口に工場みたいなところがあっただけで、
すぐに冬季閉鎖時のゲートが現れた。
なかなか走り応えのある上り坂が続くけれど、
車がほとんど来ないので、マイペースで比較的快適に上ることができる。

飯田側もそうだが、木曾側はさらに深山の趣があり、
たまに四輪車やモーターサイクルが来るほかは、ほとんど無音の世界だ。
うねうねと道筋は曲がり、覆いかぶさった木々の梢が
涼しげなのはいいが、日も翳っている今は、薄暗いくらいだ。
そのうちに、ポツポツ来た。停まって雨具を取り出す。
漆畑と大平峠の間の、だいたい半分くらいのところに左カーブの
ヘアピンがあり、その辺りで、車で山に来た地元の人らしきご夫婦に
「がんばるねえ」という感じで声をかけられた。

いよいよ道は雨雲の中。大平峠の手前数㎞で、
雨具の滴を払って、「木曾見茶屋」に入る。甘酒と五平餅で休憩だ。
このつつましい茶屋ほど、自転車の旅人に知られている茶屋もない。
大平街道の紀行文には、必ずと言っていいほど出てくる。
晴れたら茶屋の前は絶景だそうだが、本日は雨と霧の幕。
けれど降られたからまた、茶屋がありがたい。
ここでもう標高は1200mを越えているようだ。

霧と入り混じった、山特有の雨の中を再出発。
数㎞ほどさらに上ったところで、道は切り通しに飲み込まれてゆく。
そこに、あの「雪避けトンネル」があった。大平峠、標高1358m。
自転車の旅の雑誌に、いったい何度、このトンネルは登場したことか。
それほどまでに、大平峠は自転車の旅人に知られた存在だったのだ。
天井だけの特異なトンネルとその入口。いつかここを訪れたいと
思っているシクロツーリストは、まだ数多くいるはずなのだ。
感度100のポジフィルムではやっと撮れるか撮れないかだが、
何度かシャッターを切る。それからいよいよ自転車に跨って、
トンネルを、越える。飯田市に入る。

濡れた路面に注意しつつ、ゆっくりと下る。こんなところで
スリップして自転車もろとも道路外に飛び出したら、誰も気付かない。
トンネルの向こうは別世界で、少し標高を下げているのに、
高山性の植物がかえって目につくような気がした。
途中から、道は川の流れに寄り添うようになり、ほどなく大平宿に至る。
つい6週間前に来たばかりのところだが、
過日の賑わいはなく、ボランティアの人が訪れている民家も一軒だけのようだ。その人は静岡の磐田から来たと言っていた。

しばし、軒下に自転車を入れさせてもらって、佇む。
雨はまもなく上がりそうな気配。時刻はもう四時を回った。
大平宿で、飯田側から自転車で上がってくる友人と合流する
つもりだったのだけれど、この辺りは携帯が通じないので連絡不能。
はっと思い当たり、民家のわきにあった公衆電話からかけてみるが、
相手もすでに電波の届きにくいところに来ているらしく、
うまくつながらない。途中で出会うだろうと踏んで、出発する。

飯田峠も、6週間前とはずいぶん違う風情だ。
10分ほど下ったところだろうか、上がってきた飯田の友人と再会する。
こっちもだいぶ降ったようで、雨宿りで遅くなったらしい。
世間話もそこそこに、二人して下り始める。
大平で珈琲でも入れるつもりで、固形アルコール燃料の湯沸し道具を
持ってきたのだが、使う暇がなかった。
じゃ、有名な猿庫の泉で水でも汲もうか、とずいぶんな上り坂を
アルバイトして寄り道する。泉の回りはもう暗くなりかけて
いたので、県道のあたりまで戻って、珈琲を淹れた。
市街地まで下る頃には、すっかり暮れていた。


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