お送りするレポーターは、飯田と遠山郷の 大ファン・白鳥和也(自転車文学研究室)です。
飯田に通うようになって28年ぐらいになる私だけれど、
実は飯田峠、大平峠の二つの峠を越えたのは、
ついぞ一昨年のことに過ぎない。行きたい、行きたいと
思っていてもなかなかその機会がなかった。
大平宿に最初に至ったのは、2005年の夏。このときも、
大平峠までは行けず、課題を残したのだ。しかしまあ、
まずはそこから振り返ってみよう。
飯田に集まるサイクリストが、真夏の一日、
大平宿まで上るということで、ぜひとも一緒に上ろうか
ということになった。集合場所は飯田駅前。
暑くならないうちに上ろうということで、
飯田駅のすぐ南西側にある「大平街道」を上り始める。
県道8号線というのが、現在の大平街道だ。
次第に緑が増してゆき、いよいよ山中かなと思う辺りで
かなりの急坂が続く。最初の難関なのだ。ここを越えると少し楽になる。
車は少ない。何分かに一台という程度だ。
道はセンターラインのない状態なので、車も
比較的ゆっくり走ってくるケースが多いようだ。
道の上に木が張り出しているところが多く、
意外に日陰が多かった。が、長丁場なのでゆっくり、休み休み上る。
Uターンのような感じで、松川にかかる橋の上を渡るところでも
ひと休み。このあたりで標高800mあまり。
この先からいよいよ本格的な峠道の雰囲気になる。
もうそろそろだろう、もうじき峠だろう、
と思いながらカーブを曲がると、まだまだはるか先に
ガードレールが見える。そこまで行っても、峠はまだ先だ。
飯田駅前を出発してから、約3時間あまり。
ようやく、飯田峠に至る。標高、1235m。
峠は切り通しのカーブだ。とりあえず、まずは皆でひと休み。
カーブの奥の方に、大平街道と記された古い石柱がある。
少し傾いているところが、この峠に刻まれた歴史を物語るかのようだ。
飯田峠を訪ねたシクロツーリストには、
この石柱のところで写真を撮った人も多いだろう。
背後には落葉松の林が見える。
飯田峠から大平宿に向っては、ゆるやかな下りとなる。
落葉松の木立が涼しげだ。気温は下界とだいぶ違う。
小学校の分校が残っているあたりで、昼食にする。
帰りは、飯田峠へ少し上り返せば、あとは飯田までほとんど
下るだけだから、皆でのんびりを決め込む。
夏の間だけ、人のいる大平に、束の間、人の声が響いている。
旧い民家が保存されているところの方が、むしろ賑やかだった。
この集落を守るために、泊りながら清掃や手入れを行う
ボランティアの人たちがたくさん行き来していた。
真夏の休日の今日は、昔ながらの賑わいが戻ったかのようだ。
大平宿の集落が廃村になったのは、1970年。
下伊那と木曾を結ぶ物流の道として、明治時代に最も栄えた
この大平街道と大平宿も、1937年の飯田線全通後、次第に衰えた。
現在は、ボランティアグループによって、
往時の様子を伝える貴重な木造建築が維持されている。
集落の間を流れる小川は、イドッカワと呼ばれているそうだ。
この日も、スイカや飲料水などを冷やしている光景が見られた。
標高1200m弱の大平宿から、大平峠までは、距離約4.5㎞。
標高差、約200m。ここまで来たら本当は折り返しでもいいから
行ってみたかったが、それは後日の愉しみに残すことになった。
すでに午後もいい時間になろうとしている。
大平宿を出て、飯田への帰途につく。
飯田峠までは、また少し上り返しになる。
本格的に下り始める前に、飯田峠で記念撮影をする。
舗装されているとはいえ、この峠道の道幅は広くないし、
急カーブの連続で見通しも悪い。もちろん私はヘルメットを装着し、
ゆるゆると安全第一で下り始める。
下りながらよそ見するわけにもいかないので、
気になるところでは何度も停車して、いろいろ写真に撮ったり、
しげしげと眺めたりする。あとは飯田に下るだけだから、
慌てず、愉しみながらのスローダウンヒルだ。
たっぷり一時間以上かけて、飯田の市街に帰りついた。