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旧跡・文化財の一覧

旧座光寺麻績学校校舎(飯田市)

明治6年、学校と歌舞伎舞台を兼用するように建てられました。学校建物としては、県下で最も古いものです。(長野県宝)

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梁木島番所跡(飯田市)

戦国時代の末、領主遠山土佐守が家康の命により大阪の落人を取り締まったことがはじまりで、江戸時代には領内から出る榑木材木の番所でした。

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旧小笠原家書院(飯田市)

※保存・修理工事の実施にあわせ国の重要文化財「旧小笠原家書院」の公開を停止します
平成20年8月19日(火)~平成21年1月末日(予定)
慶長5年小笠原長臣が建てた居館で、書院だけが現存している。昭和27年に国の重要文化財に指定された。

旧小笠原家書院

旧飯田城桜丸後門 赤門(飯田市)

江戸時代・宝暦4年に上棟された建物。飯田城唯一の遺構となっています。全体がベニカラで赤く塗られているため、赤門と呼ばれています。

旧飯田城桜丸後門 赤門

高岡第一号古墳(飯田市)

地元では高岡の森と呼ばれ、長さ72m、高さ6.1mの下伊那では最大級の前方後円墳。馬具や埴輪が多数出土した。

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台城(大島公園)(松川町)

天竜小渋水系県立公園の中にあり本丸跡にある数十本の桜と周辺一帯に植えられた数千株のツツジが咲き競い、周辺の眺望も見事な景観であり訪れる人に好評です。

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竹ノ内家住宅(高森町)

棟札により寛政11年に建築したと認められる、小ざっぱりとした古い本棟造の民家。

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富本銭(高森町)

7世紀後半に鋳造された日本最古の貨幣が、下市田の武陵地第一号古墳より出土。歴史民俗資料館に保管展示されている。

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御所平(大鹿村)

後醍醐天皇の第八皇子宗良親王が三十有余年在住した居住の地であり、南アルプスに囲まれた秘境の地である。

御所平

松下家住宅(大鹿村)

本棟造りの住居としての価値が高く、豪農の屋敷構と伝えられている。主屋と土蔵は重要文化財に指定されている。

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阿島陣屋跡 知久館址(喬木村)

関ケ原の戦いの翌年、慶長6年(1601)旧領のうち阿島・田村・河野・南原及び虎岩の一部3,000石の旗本として復帰した知久則直は、3年ががりでここに館を築きました。

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曙月庵(喬木村)

曙月庵は嘉永元年(1848)に知久氏陣屋に建てられた2階建の茶屋です。村が歴史文化の拠点施設として修復・整備しました。

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関所跡(清内路村)

この道路は、戦国時代には中仙道の間道であり、重要道路で武田信玄が関所を設け厳しい検問を行った伊那谷最古の関所跡です。今の飯田市山本から、梨子野峠を越え、木曽谷へ通じる街道で、後に飯田城主が管理しました。この街道に纏わる物語は、戦国時代よりたくさん伝わっております。

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神坂峠遺跡(阿智村)

古代の官道東山道最大の難所として有名。石製模造品等の遺物が数多く出土し古代祭祀遺跡として国史跡に指定。

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吉岡城・吉岡城址公園(下條村)

吉岡城は、陽皐の中心を流れる南の沢川、牛ヶ爪川の渓谷に挟まれた吉岡の台地上にあって、周囲は深い谷と急崖が取り巻く天然の要害を利用して築かれた城です。

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尹良親王御陵墓(浪合村)

後醍醐天皇の孫で、1424年8月15日にこの地でなくなり、御首が埋められている御墓である。

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波合関所跡(阿智村)

武田信玄公が設けたこの関所は、戦国時代から江戸時代にかけて三州街道として、物流の重要な幹線道路上の関所として重要な役割をもっていた。

波合関所跡